2019-07-07
仏教の起源と人間関係の教えとは?【初心者にも簡単に解説】
この記事の目次
浄土真宗、真言宗、曹洞宗などさまざまな宗派がある仏教は、今やお葬式のための宗教となっています。
しかし仏教の本懐は、死後ではなくむしろ現世の方にあるのをご存じですか?
実は、仏教の教えとは、今生きているあなたが人生を生き生きと楽しく過ごすための教えなのです。
この記事では、そんな仏教の起源と本質となる教えを分かりやすくまとめました。
この記事を読めば、悩みや苦しみを楽にするヒントが見つかるかもしれませんよ!
仏陀(ブッダ)の教え、「仏教」
仏教とは2500年前に、仏陀を開祖として始まった教えです。
仏陀とは「悟った者・真理に目覚めた人」という意味があり、仏陀以外にも幼少期のゴータマ・シッダールタや、一族の名をもとにした釈迦・釈尊などさまざまな名前で呼ばれています。
仏教は、そんな仏陀の教えに従って修業・実践し、仏陀のように悟りを得て心安らかに生きられることを目標とする宗教です。
仏教の起源、お釈迦様のプロフィール
お釈迦様は実在の人物です。インドの北部、現在のネパールで、釈迦族の王子として生まれました。
王子として何不自由のない暮らしをしていましたが、ある日城の外で辛い生活を強いられている民の姿を見て、誰一人として逃れることのできない問題について考えます。つまり、苦についてです。
生まれてきた者はみな老いる運命から逃れられません。老いれば病気が多くなり、体力や知力が衰えます。そして何よりも、人生の終わりが必ずやってくるのです。
こういった苦を釈迦は敏感に感じ取り、正面から受け止めました。
そうして苦しい修行の末、菩提樹の下でついに真理に目覚めたのです。
これが仏教の始まりとされています。
仏教の基本的な考え方、三法印(さんぼういん)と一切皆苦
ここでは、三法印と一切皆苦についてご紹介します。これさえ押さえておけば、仏教のエッセンスがきっと分かりますよ。
一切皆苦(いっさいかいく)ー「この世のすべては苦である」
仏教では悩みや苦しみなどの「苦」について、“一切皆苦”と断言します。
つまり、この世のすべては苦であり、生きること自体が苦痛や苦悩に満ちていると言い切ってしまうのです。
こう聞くと、「なんだかやりきれないな…」とか、「全然楽しく生きられそうにないじゃん…」と思うかもしれません。
しかし、恋愛、仕事、人間関係、病気やいつか必ずやってくる死について考えてみれば、誰しもが大なり小なりの苦を抱えているはずなのです。
そのうえで、仏陀は苦をコントロールしようと考えました。
つまり仏教とは、私たちの身の回りに溢れる苦痛や苦悩をうまく乗りこなすための考え方ともいえるのです。
諸行無常(しょぎょうむじょう)ー「全ては常に移り変わっている」
諸行無常とは、世の中のありとあらゆるものは変化を繰り返していて、変わらないものや絶対的なものは存在しないという考え方です。
実は、ここに人生の苦の原因があると、仏陀は説いています。
世の中の物事は常に変化を繰り返し同じ状態のものはありません。
しかし、人間関係や地位名声、稼いだお金、自分の肉体にいたるまで、人は自分を取り巻くあらゆるものに対して不変を望んでしまうものです。
仏教ではこれを執着と呼び、仏陀はこの執着が苦の根本的な原因であると説いています。
諸法無我(しょほうむが)ー「すべてはつながりの中で変化している」
すべてのものごとは相互に影響を及ぼしあう因果関係でつながっている、というのが諸法無我の内容です。
ひとつとしてそれ自身だけで成り立つものはない、そう考えれば、人も主体的な自己として存在するものではなく、関係のなかで生かされているに過ぎないともいえます。
こういったことから、他者に貢献することも仏教の実践の一つとされています。
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)ー「悟りの境地は、安らぎの境地である」
諸行無常、諸法無我を正しく理解し身に着けたうえで生きることができれば、あらゆる現象に一喜一憂することなく心が安定した状態になる。
これが仏教の目指す悟りの境地です。
いかがでしょうか? 最後に、以上の教えを要約してみます。
世の中のあらゆる出来事や物質は常に変化しつづけており、相互に影響を及ぼしあって変化を続けている。
それにも関わらず、人は身の回りの環境が不変であることを望み、執着してしまう。
しかし、世の中はすべてが無常であるのだから、不変を望んだり思い通りにしようとしても苦痛が増すだけだ。
このジレンマを乗り越えるために執着を捨て、心安らかに生きよう。
断捨離やミニマリズムを超えるノウハウとヒントがある?
近年は断捨離やミニマリズムが流行っていますが、その根本には仏教の教えがあります。
仏教の教えは、いわば苦を避けるための技術指南のようなもの。それは徹底した人間分析から生まれ、2500年の時の試練に耐えて現代にも受け継がれています。
仏教といえばお葬式のイメージが強いものですが、死後の世界や魂の救済ばかりをうたっているわけではありません。
現世で幸福に生きるための技法を教えているのです。
私たちの人生もまた物事や関係の中にあり、自分でどうにかできることばかりではありません。
移り変わっていく環境に一喜一憂せず、最初から自分のものなど一つもないのだとあきらめてみましょう。
悩んだり苦しんだりしている方は、何か良いヒントが見つかるかもしれませんよ。
仏教における人間関係の教えとは?
「人間関係に悩んでいるけれども、仏教の教えを参考にしてみたい」
「仏教では人間関係についてどのように考えられているのだろう」
このように仏教における人間関係の教えついて、疑問に思った経験はありませんか?
仏教は人間関係を重んじている宗教なので、あなたの悩みを解決に導くきっかけがつかめるでしょう。
今回の記事では仏教で人間関係についてどのように教えられているかについて、詳しく解説していきたいと思います。
この記事を読めば、あなたの人間関係における悩みを、少しでも軽くするためのポイントが理解できるでしょう。
人間関係において、誰と付き合うかは重要です!
人間関係といっても、地球に存在している人間の数は膨大な人数ですので、あなたが人生において関係を持つ人間は数え切れないほどになるでしょう。
誰からも好かれていたいと思う人がいるように、あなたが関わる多くの人間全員と、あなたと親密な関係にしようと思うのはわからなくもありません。
しかし、あなたの人生は、良いことも悪いことも他人の影響を受けて変化していくものです。
そのため、あなたの人生を豊かにしてくれる人間関係もあれば、人生を悪い方向へと導いてしまう人間関係も存在します。
あなたの人生を豊かにしていくためには、人間関係を見直し、善い人間に囲まれて生きることが理想的だと仏教では教えられています。
あなたは人生が将来どのような道に進むのかということは、誰にも推測することはできません。
善い人間関係を築いていくよう、日頃から意識して人間関係を構築しておくと、何かトラブルがあった時でも、被害を最小限にして、より良い方向をへ導いてくれる可能性が高くなるでしょう。
お釈迦様も「仏道の半分は善い友人と一緒にいること」と説いているように、どのような人間に囲まれているかということは、仏道において非常に重要なことになるのです。
適度な距離感も大切です
善い人間関係を築くことに重きを置きすぎて、人間関係を窮屈に感じてしまう人もいるでしょう。
確かに善い人間に囲まれて生きることは、人生の豊かなものにするためには重要ですが、あなたの心のバランスを保つためにも、適度な距離感を大切にすることも大切です。
親しい人間に依存しすぎてしまうと、トラブルに巻き込まれてしまったり、その人が離れてしまった時にあなたの心のバランスが保てなくなる可能性もあります。
人間関係に程よい距離感を維持しておくことで、お互いが自分のことを大切にしながら一緒に人生を歩んでいくことができるようになります。
それにより長い期間一緒に過ごすことができるようになったり、一緒にいても全く気に障らないような心地よい空気のような存在になれるでしょう。
「正語・正業」と言われるように、正しい言葉遣いや正しい振る舞いといった、最低限のマナーを守りながら、適度な距離感を保って善い人間関係を続けていくことが大切です。
人間関係に疲れたらあえて孤独の時間を作るのも大切
人生を生きていく上で、仕事や家庭、地域の行事やイベントなどで、様々な人と関わる機会があるでしょう。
多様な人間と関わり続けていくことで、あなた自身の心が疲弊してしまう場合もあるかもしれません。
そのような場合は、あえて孤独の時間を作ることで、あなたの心のバランスを保つことも大切です。
その際は、仏教で「孤独の時間を作り、あなた自身と向き合いながらも、人とのつながりは自覚しておきなさい」と説かれているように、心まで人とのつながりを話してしまわないように注意しておきましょう。
心が離れてしまうと、再び人間関係を作り直すことが大変になってしまい、あなたの心に負担をかけてしまう可能性があるからです。
人間関係を楽にする仏教の教えとは?
人間関係での悩みを楽にするために、人間関係の作り方や距離感について解説してきました。
距離感の近さや通さなければ解決できない人間関係もあると思うので、人間関係は楽にするための方法をもう1つ紹介します。
それは、三輪空という考え方で、施者、受者、施物の3つが含まれており、これらを捨てることで、人間関係が楽になるという考え方です。
施者とは、施しを与える人のこと、受者は施しを受ける人のこと、施物は物や援助など施しとされる物のことを言います。
人は誰かに援助したり援助してもらったりすることで支えあっています。
しかし、人は誰かに施しを与えたことの方がより記憶として残りやすくなっており、少なからず見返りを求めてしまう傾向にあるのです。
そのような考え方をしていると、見返りを期待することなく、穏やかで豊かな心を持って人生を過ごすことができるようになるでしょう。
とはいっても、他人に何かをしてもらった時は、そのことを忘れず覚えておきましょう。
仏教と人間関係のまとめ
人間関係に悩んでいる人が、少しでも穏やかな心を持って人生を過ごすことができるように、仏教の教えを参考にして解説してきました。
ここで述べた内容をあなたの人生に活かして、充実した時間を過ごしてくださいね。