2019-07-07

仏教の教えの基本を分かりやすく解説!【人生を楽しく生きるヒント】

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仏教の教えの基本を分かりやすく解説!【人生を楽しく生きるヒント】

この記事の目次

仏教の教えは、私たちの悩みを解決してくれる手助けになってくれます。

少し難しいイメージを持たれている方もいるかもしれませんが、内容は至ってシンプル。

本質を説いてくれながら、人生をどう生きていけばいいのかを示唆してくれます。

今回は、仏教の教えを分かりやすく解説してみました。

日常生活での実践法もご紹介するので、ぜひ仏教の教えを暮らしに取り入れてみてくださいね。

仏教の教えの基本

仏教の教えの基本は、苦しみを受け入れることにあります。

苦しみを受け入れて、人生をどういう人間として生きていくのか。

ありのままの自分を愛しながら、精進し続けることの大切さも教えてくれます。

人生には必ず苦しみが伴う

仏教の教えは、まず苦しみを受け入れることから始まります。

私たちは苦しみを避けるべきもの、克服するべきものだと考えがちです。

しかし、お釈迦様は違います。

「苦しみは人生に必ず伴うもの」だと受け入れたうえで、どう生きるかを考えるべきだと説いているのです。

なんだか救いようのない、険しい道のような気がしますよね。

苦しみを受け入れて向き合いながら生きていくのは、簡単なことではありません。

でも、避けられないことを無理に克服しようとすればするほど、私たちは路頭に迷います。

お釈迦様はこの真理にいち早く気づき、悟りを開かれました。

苦しみは克服するものではなく、受け入れるもの。

この考え方こそが、仏教の教えの礎になっているのです。

また、仏教の教えにはこんな言葉があります。

一切皆苦…全てのものは苦しみであり、人生は思い通りにならないということ

これまた絶望的な言葉のようですが、考えてみてください。

例えば、大切な人の死。

願わくば永遠に生きていてほしいものですが、死は必ず訪れます。 

死は生なくして誕生しないので、死を恐れるということは生をも恐れるということ。

そう理解すると、生も死と同じように「苦しみ」になることが分かります。

これこそが一切皆苦であり、目を背けても避けられない現実です。

仏教の教えは一見悲観的に見受けられますが、私たちにこの世の真理に気づくよう促してくれます。

この世の全ては苦しみであり、人生は思い通りにならない。

だからその現実を受け入れて、どう楽しく生きるか考えよう。

これが、仏教の教えの基本です。

生きているうちに仏に成ることを目指す?

成仏とは、仏になること。

仏になるのは死後という認識が一般的ですが、実はそうではありません。

仏とは、世の中の真理を悟り人々にその智慧を授ける人のことを言います。

また、仏になるということは苦しみをコントロールして、人生を楽しく生きる人になるということです。

私たちが仏になる道のりは険しいかもしれませんが、目指すことに意味があります。

そのために、仏教の教えが存在しているのです。

お釈迦様の3つの真理とは?(3つの真理)

お釈迦様は仏を目指して、3つの真理に辿り着きました。

  • 諸行無常(しょぎょうむじょう)
  • 諸法無我(しょほうむが)
  • 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

この3つの真理は、仏教用語で「三法印」と呼ばれています。

順番に、ご説明していきます。

1.諸行無常(しょぎょうむじょう)

諸行無常とは、「世の中の全てのものは変化し続けていて、変わらないものや絶対的なものは存在しない」という意味です。

実はこの真理こそが、人間に苦しみを与える根本になっています。

せっかく手に入れた大切な人や名誉、地位もいつかは必ず手放さなくてはならない日が来るからです。

そのため、私たちはどうしようもないと分かっていても、不変を望んで苦しみます。

仏教では、この望みのことを「執着」と名付けました。

人は執着を捨てられないからこそ悩み、苦しむのです。

執着から解放されるには、諸行無常の真理を受け入れなくてはなりません。

全てが変化し続けているということは不安でもあり、希望でもあります。

なぜなら、どんなに辛い状況にあっても、永遠に変わらず続くことはないから。

諸行無常を嘆くのではなく真理として捉えて、前向きに考えることが大切です。

2.諸法無我(しょほうむが)

諸法無我とは、「世の中の全てのものは、影響を受け合って存在している」という意味です。

私たち人間も、自然環境の中では全ての生物の恩恵を受けています。

自分一人で成り立っているということはあり得ないので、全てのものに感謝し調和することが求められるのです。

また、仏教の有名な概念に「空」というものがあります。

空…全てのものに、実体や境界線がないということ

空は「無」に近い概念ですが、全く存在しないと断定しているわけではありません。

存在はしているけど、実体はない。

つまり、存在を証明できるようなものはなく、執着しても意味がないということです。

少し難しい概念ですが、空を理解すると執着することの無意味さを実感できます。

この世の全てのものは繋がり合っている、1つの集合体。

諸法無我を実感できると、余計な執着から解放されて苦しみを軽減させることができます。

3.涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

涅槃寂静とは、「諸行無常や諸法無我を理解すれば、悟りの境地に達することができる」という意味です。

悟りを開くと、この世のあらゆることに対して一喜一憂することがなくなります。

心の状態が常に安定するので、何かが起きても動じることは決してありません。

この境地に達することが仏に成るということであり、苦しみから解放された証拠になります。

私たちが目指すべきは、この境地です。

最終的に悟りを開けたかどうかは、あまり重要ではありません。

苦しみに向き合いながら精進し続ける姿勢が、私たちの魂を磨いて人生を豊かにしてくれるのです。

【実践編】仏教の八正道を解説

仏教の教えを学ぶのは、人生を楽しく生きるためです。

基本を理解しても、実践しなくては意味がありません。

お釈迦様の真理と考え方を理解して、実践する8つの方法「八正道」についてご紹介します。

物事を正しく見る努力をする「正見(しょうけん)」

正見とは、「真理を理解して、目を背けずに正しく見る」ということ。

仏教の教えの中には、すぐには受け入れ難いものもあります。

それでも私たちは、理解して受け入れる努力をしなくてはいけません。

真理を湾曲して捉えようとしたり、苦しい現実から逃避したりしないこと。

それが正見であり、仏教の教えを実践する第一歩になります。

正しい言葉を使うことを心がける「正語(しょうご)」

正語とは、「清く正しい言葉を使う」ということ。

仏教の教えでは、諸法無我の真理に基づいて、自然や周りと平和的に調和することが求められます。

平和的な調和を実現するために、清く正しい言葉を使うことは必要不可欠。

悪口や陰口などを言うことも、仏教の教えには背くとされています。

言葉は思想を作り、思想は真理を導くもの。

普段の言葉使いを見直すだけでも、仏教の教えの理解に繋がります。

正しい行いをする「正業(しょうぎょう)」

正業とは、「正しい行いをする」ということ。

仏教の教えにおける、正しい行いの代表はこちらです。

  • 人に迷惑をかけない
  • 殺生や窃盗をしない
  • 生命を絶つような思想を持たない

人に迷惑をかけるのと、頼るのは違います。

人を信頼して頼り、支え合うのは素晴らしいことです。

迷惑をかけるというのは、人の自由を剥奪するということ。

基本的なことですが、初心に返って自分の行いを見つめ直すことが大切です。

仏教では窃盗などの犯罪行為はもちろん、殺生も禁止されています。

人間と動物など、全ての生命を平等に扱っているからです。

他の生命を絶つような行為は、自分を迫害するのと同じことになります。

とはいえ、現代の日本で殺生を全くせず生きるというのは難しいですよね。

仏教の教えに倣うなら、殺生で得た恩恵に心から感謝することです。

そして、無駄な殺生はしないように心がけること。

自分の命を扱う気持ちで、他の生命も大切にしましょう。

仕事を通じて使命を全うする「正命(しょうみょう)」

正命とは、「自分の使命を全うする」ということ。

その手段としてまず挙げられるのが、仕事です。

仕事は、世の中や他者に貢献をして対価をもらう行為。

生活のための労働に追われていると忘れがちですが、そのことを決して忘れてはいけません。

つまり、職業選びは仏教の教えを実践するためにとても重要です。

  • 自分の働きっぷりは社会や人に貢献できているのか
  • 胸を張って自慢できるような職業に就いているのか

正命を心がけるには、この2点を考える必要があります。

仕事が充実していると、必然的に人生も豊かになるもの。

労働者として仕方なく、ではなく1人の人間として仕事とどう向き合うかが大切です。

正しい努力を継続する「正精進(しょうしょうじん)」

正精進とは、「自分を律して、正しい努力をし続ける」こと。

お釈迦様の真理に辿り着くのは、長い道のりです。

人として成長し続けなければ、悟りは開けません。

何事もそうですが、一番大切なのは継続すること。

過ちを犯すことがあっても、諦めずに精進し続けることが仏教の教えです。

主観で判断しないようにする「正念(しょうねん)」

正念とは、「主観を捨てて、目の前のものをフラットに見る」こと。

私たちは無意識の内に、目の前のものを主観的なフィルターをかけて見ています。

主観も大切ですが、それでは本質を見極められません。

偏見が強くなり、真理を理解することからは遠ざかってしまいます。

正念を実践するコツは、「考えずに、ただ見る」こと。

物事を評価する癖を直すことも大切です。

無の心を大切にする「正思濰(しょうしゆい)」

正思濰とは、「無の心を大切にして、多くを望まない」ということ。

主に、以下の3つの考え方に集約されます。

  • 無害心(むがいしん)…人やものに害を与えず、慈悲の心を持つこと
  • 無瞋恚(むしんに)…怒りの感情を持たないこと
  • 無貪欲(むどんよく)…余計な欲を捨てて、贅沢を望まないこと

どれも、自分を律してコントロールすることが求められています。

全てを実践するのはハードルが高いので、まずは他者に対して優しい心を持つことから心がけてみましょう。

真理への道は、小さな一歩からです。

瞑想のすすめ「正定(しょうじょう)」

正定とは、「精神を統一して、心を正しい位置に定める」こと。

心が安定していないと、どんな仏教の教えも守れません。

おすすめなのは、瞑想をすることです。

本格的な形式でなくても構わないので、静かに内省する時間を取るようにしてみましょう。

乱れた心が整い、気分も爽快になります。

仏教の教えを実践するのに、瞑想は欠かせない行為です。

仏教の教えの基本を学んで実践しよう【まとめ】

仏教の教えは、現代を生きる私たちにたくさんの希望と救いを与えてくれます。

実践するのは、できることからで構いません。

深く考えすぎずに、人生をより豊かにするための手段として、楽しみながら意識してみてくださいね。

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