2019-08-08

仏教伝来、日本と仏教の関係とは?|大陸を駆け抜けた壮大な政

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仏教伝来、日本と仏教の関係とは?|大陸を駆け抜けた壮大な政

この記事の目次

仏教到来、日本と仏教の関係は政治的な思惑があったようです。

仏教は、キリスト教、イスラム教と並ぶ世界三大宗教と言われていることはご存知の人も多いのではないでしょうか。

ですが、日本人には宗教を持たない人が多くいます。

それなのに、結婚式は教会で挙げ、お宮参りや七五三は神社で参拝してもらい、亡くなるとお寺で葬式をあげたりします。ちょっと矛盾を感じてしまいませんか?

日本人の多くの人は信仰を持ってないようですが、何かしらの行事には無意識に宗教心が出てしまうようです。つまり、私たち日本人の心には神様、仏様が住み着いているようです。

今日は私たちの心の中にある仏教とその伝来、日本との関係をまとめてみました。ぜひ、ご覧いただき今後の宗教心の参考にしていただけると幸いです。

仏教とは

仏教はその字のごとく、仏の教えとなります。

仏教は、紀元前500年頃インド(現在はネパール)で生まれた仏陀(ブッダ)という人物の教えから始まったと言われています。

仏陀(ブッダ)の教え、仏教とります。

仏陀の教え

・一切快苦 人生思い通りにならない

・諸行無常 すべてはうつり変わるもの

・諸法無我 すべては繫がりの中で変化している

・涅槃静寂 仏になるために仏教が目指す “さとり”

つまり、仏陀の教えは「悟った者、真理に目覚めた人」という意味があります。

仏陀の名前の由来

仏陀にはほかにも名前があり、釈迦族という部族の王子として生まれたことから「釈迦」、釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)の略で「釈尊」などの名前もありました。

釈迦牟尼世尊とは釈迦族の聖者という意味があるそうです。

それで、仏陀をお釈迦様というのですね。

仏教伝来、仏教が日本にやってきた

日本に仏教が入って来たのは、西暦538年説と西暦552年説があるのですが、おおむね、西暦550年頃と思っていてよいのではないでしょうか。(諸説あり)

この日本に仏教が入ってきた時のことを仏教伝来といいます。

お釈迦様の教えである仏教は、発祥の地インドから中国、朝鮮を経て、時にして約1千年、距離にして約8千キロ以上をかけて日本に渡ってきてくれたのです。

もうこれは、壮大なドラマではないでしょうか。

そして日本に直接伝来したのが、朝鮮半島にある百済(くだら)という国です。

当時の朝鮮半島は戦乱状態にありましたが、百済は仏教伝来を日本(倭国)に伝える見返りに友好関係を結ぶことを望んでいました。朝鮮半島の戦乱を、日本と仲良くすることで助けを求めたのですね。日本と親密な関係となるために仏教を伝来してきたとも言えそうです。

ということは、仏教は国と国の外交にまで及んでいたということになります。

仏教はそれぐらい偉大な力を持っていたのです。

その結果、百済から日本へ経典と仏像が送られ、仏教伝来となります。

仏教伝来以前の日本の信仰

日本では、古代から様々な神々が信仰されていました。

いわゆる、神道です。

ですが、宗教心を持たない人から見ると、「仏様」も「神様」も同じような存在ではないでしょうか。

テレビドラマなどのシーンで何かお願いするときなど、「神様、仏様、お願いします、お願いします、○○を○○してください」などとやっていますよね。

ですが、神様というのは仏教の仏陀とは違い形として存在しないものではありませんか?

簡単に言ってしまうと、「山の神」「海の神」「○○の神」といった風に人間に豊かな気持ちを与えてくれる、感動や幸福感を与えてくれる存在です。

または、古事記などに出てくる神、神社に祀られる神も存在のないものです。

日本と仏教の関係

日本ではお盆という行事があります。

このお盆は仏教行事だということをご存知ですか?

先述にもありましたが、日本人はあまり宗教を持つ人がなく無宗教の人が多くいるように感じます。

ですが、毎年、お盆の時期はたくさんの人が故郷に帰省してお墓参りをしますよね。

これはもう、立派な仏教行事なのです。

日本でお盆が始まったのが1400年前の飛鳥時代だと言われています。

この時の天皇は推古(すいこ)天皇で、仏教が日本に伝来されたころですね。

お盆というのは、盂蘭盆会(うらぼんえ)といい、元々は古代イランの先祖の霊を家に招いて祀る(まつる)「ウルバン」という言葉から略されています。

この風習をもとに4世紀頃に中国で作られたのが「仏説盂蘭盆経」(ぶっせつうらぼんきょう)です。

お盆の由来・時期

日本のお盆は一般的には8月13日から16日にかけてが多いですよね。

このお盆はお釈迦様の高弟だった目連(もくれん)が餓鬼道(がきどう)に落ちて苦しんでいた母を救うために7月15日に高僧たちに供え物を送り、母が浄土へと旅立つようにと供養してもらったということが由来となっています。これがきっかけで盂蘭盆会が始まったとされています。

これが、仏教の伝来と一緒に伝わり現在の日本では全国的に夏の恒例行事となっているわけです。

全国的には8月13日から16日にかけてですが、東京では一か月早く7月に行われます。また、地方によって異なることもあるようです。

お盆は本来なら、旧暦(太陰太陽歴)7月15日(旧盆)として定着していましたが、明治初期に新暦(太陽暦)になってからは、東京などの一部地域を除いては、8月15日に行うようになったそうです。

お盆に野菜をお供えする意味

皆さんの田舎では、お盆にキュウリやナスなどに割り箸を刺したりしてお供えしませんか?あれは、馬や牛を形どったものだったのですね。

あの野菜はご先祖様の乗り物で、キュウリは馬で「ご先祖様に早く帰ってきてもらえるように」ナスは牛で「あの世に少しでも遅く帰るように」といった願いが込められているのだそうです。

聖徳太子

仏教到来、聖徳太子(しょうとくたいし)の功績

日本の仏教を騙るうえで忘れてならないのが、聖徳太子の存在です。

聖徳太子といえば数々の偉業を成し遂げた人として有名すぎるほど有名な人ですよね。

そしてもう1つ、聖徳太子には楽しいエピソードもあります。

聖徳太子さんとは、どんな人だったのでしょう。

聖徳太子のプロフィール

・本名   厩戸皇子(うまやどみこ)あるいは、厩戸王(うまやどのおう)

・生年月日 574年2月7日

・死没   622年4月8日

・役職   飛鳥時代の皇族であり、政治家

成し遂げた偉業

・遣隋使の派遣

・冠位十二階の制定

・十七条憲法の選定

聖徳太子の伝説

・10人の人の話をいっぺんに理解できる

・馬小屋で誕生した

・若いころは武闘派だった

・予言が当たる

・死亡理由は諸説あり

・温泉好き

・7種類のお札の肖像になっている

聖徳太子のことは歴史嫌い、勉強嫌いの人でも名前を知らない人はいないのではないでしょうか。何しろ、日本の仏教伝来にはなくてはならない人でもあるのです。

聖徳太子は飛鳥時代(592年)の天皇、推古(すいこ)天皇の甥で、皇太子となります。

そして、推古天皇の摂政(せっしょう)となり政治を代わりに行うのです。

また、飛鳥時代は渡来人が多くあった時代でもありました。その渡来人たちが伝えた仏教が日本に大きな影響を与えたとも言えそうです。

大和王権には蘇我氏(そがうじ)と物部氏(ものべうじ)といった有力な豪族がいました。

蘇我氏は渡来人である東漢氏(やまとのあやうじ)や西文氏(かわちのふみうじ)と組み、大陸の文化を取り入れたいと願います。そのため、仏教を崇拝、自宅にも仏像を置いたりしました。

その一方、物部氏は石上神宮を氏神として、中臣氏、忌部氏らと仏教を排除することを主張しました。このように、真っ向から対立する蘇我氏と物部氏。

この動乱で登場するのが、厩度皇子(後の聖徳太子)です。そして、聖徳太子は大王(天皇)を中心とした争いのない国作りを目指していくのです。

仏教伝来、日本との本当の関係

上記にあるように、仏教が入ってくることを反対していた物部氏一陣。この物部氏たちは日本古来の神を大切にしたいと願っていたのです。でも、この発想こそが外国の審神となり仏教を捉える出発点でもあったようです。

というより、宗教争いなのか政治争いなのか?といった懸念もありますね。

または、外国の宗教も受け入れて外交も上手くやっていきましょうという考え方が聖徳太子や蘇我氏の考え方だったのかもしれません。

仏教の代表的な寺

・清水寺(北法相宗)京都府京都市東山区清水の寺院

関東のほとんどの学生さんが修学旅行などで行くことが多いですよね。

・興福寺(法相宗)法相宗の大本山、起源は「山階寺」

釈迦三尊、四天王などの諸仏を安置するために造営したものと伝えられている

・法隆寺(聖徳宗)奈良県生駒郡斑鳩町の寺院

聖徳宗の総本山、別名「斑鳩寺」「法隆学問寺」など

・唐招堤寺(律宗)南都六宗の1つである律宗の総本山

戒律を学ぶ人たちのための修行道場とされている

・東大寺(華厳宗)奈良県奈良市雑司町にある華厳宗の大本山

「奈良の大仏」として有名な寺院

・薬師寺(法相宗)奈良県奈良市西ノ京町の寺院

古都奈良の文化財の一部としてユネスコより世界遺産に登録されている

・善光寺(単立)長野県長野市元善町の寺院

特定の宗派に属さない無宗派の単立寺院

・東寺(東寺真言宗)京都市南区九条町の寺院

真言宗の根本道場で東寺真言宗の総本山

・金閣寺(臨済宗相国寺派)正式名は鹿苑寺という

相国寺の塔頭寺院の1つ、舎利殿の金閣が有名なため金閣寺と呼ばれている

・銀閣寺(臨済宗相国寺派)正式名は東山慈照寺という

相国寺の塔頭寺院の1つ、金閣寺に対し銀閣寺と称せられた

・浅草寺(聖観音宗)東京都台東区浅草二丁目の東京都内最古の寺

本尊は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)

まとめ

宗教、それも新しい宗教などというものは、国が豊だと信じる人はいないと言います。

ひとたび、天変地異などが起きると社会不安が広がり、人々は宗教にすがりたくなるものです。日本でも気候が寒冷化するなど環境が悪化すると人々が不安になり新しい宗教が生まれるといいます。ということは宗教と気候、環境は切っても切れない関係のようです。

インドから中国に渡り、中国から朝鮮半島、そこから日本に渡ってきた仏教は遥か彼方からの壮大なドラマと言えそうです。

仏教伝来、日本が仏教を取り入れた理由は外国との交流を求めようとした、政(まつりごと)の新しい発想の転換だったのではないでしょうか。

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