2020-02-02
新制度の配偶者居住権とは?|居住権トラブルの事例も行政書士の目線で解説
この記事の目次
相続については、2018年により見直しが行われており、順次法律の改正も行われていました。
これらの改正は、2020年4月に配偶者居住権について新たに権利を定めることとなり、一通りの改正が終わります。
相続にあたって、故人の配偶者は最も考慮されるべき立場ではありましたが、従来の法律では40年間も改正されていなかったことで、現在の家族事情とはかけ離れた状態が続いていました。
今回の改正により、「配偶者居住権」が新たに定められ、夫を亡くした妻などがその後も安心して既存の住居に居住することができるようになるなど、今まで不足していた部分の権利が保障されることとなります。
では実際に「配偶者居住権」とは、どのような権利なのでしょうか。
1 配偶者居住権が設けられた理由とは
配偶者居住権とは、配偶者の死亡後も、残されたもう一方の配偶者が引き続き同じ住居に住み続けられることを認める権利のことです。
なぜこのような権利が必要になったのか、それは相続税と大きな関係があります。
相続税は、故人が所有する現金や不動産などに対して、一定の金額を超えると課税がなされる仕組みです。
いわゆる資産家であった場合、多くの財産を所有していることもあって、相続税を支払う必要が出てきます。
今までの法律では、相続人が複数人いる場合において、住居の資産価値が高すぎると、
他の遺産を相続することを優先せざるを得なくなり、その結果配偶者は住居の所有権を放棄しなくてはなりませんでした。
所有権がない以上、そこに居住し続ける権利も同時に失われ、配偶者の死とともに住居も失われてしまうのが現行法律の弊害でもあったのです。
例えば、故人が5,000万円の自宅と5,000万円の預金を財産として残していたとします。
故人には妻と長男がいましたが、法定相続によれば故人の遺産は妻と長男で2分の1ずつ分けることになります。
この場合、2分の1ずつ分けるといっても、家の権利も預金も2,500万円ずつ分割する、とはいきません。
特に家の権利は、将来的な再相続のことも考えると、単一の所有者によって所有されていることが望ましいものです。
それでも、2分の1ずつ均等に相続する、というのは法律上絶対です。
結果として、それぞれ5,000万円ずつ相続することになったものの、住宅の権利を分割できなかったことから、
長男が住宅の権利を、老後の資金が必要だった妻が預金の権利をそれぞれ相続することになりました。
でも、実際には長男が権利を持つことになった住宅に、そのまま妻が住み続けることになります。
関係性がよければいいものの、長男と妻の関係が悪化でもしようものなら、住居から追い出されてしまうことも十分に考えられます。
かといって預金を相続しないと、老後の生活費用を賄うことができません。
実際、「家を取るかお金を取るか」という苦渋の選択を迫られることになり、実際に相続の後にトラブルになった方も多くいらっしゃいます。
そこで2020年4月の法改正では、相続に関して「配偶者居住権」を認めることにしました。
これは、一定の条件を満たす場合において、配偶者が引き続き故人の所有している住居に在住することを認めることにしたのです。
配偶者居住権が設けられたことで、相続による所有権移転は認めつつも、同時に故人の配偶者がそのまま住居に住み続けられる権利を保障することになったのです。
2 配偶者所有権のポイント
配偶者所有権を理解する中で、これから掲げるポイントはぜひ理解しておいてください。
- 配偶者が住宅の権利を相続する・しないに関わらない
- 登記が必要になる
- 配偶者が死去すると権利がなくなる(権利の相続は不可)
まず、配偶者が自宅の権利を相続しなかったとしても、配偶者居住権は確保されます。
もちろん、話し合いの結果、配偶者が住宅を相続すれば配偶者居住権を行使する必要はありません。
そして、配偶者居住権は、相続が発生した時点で当該住宅に住んでいた配偶者にだけ認められるものであり、その旨を登記しなくては権利が確定しません。
この「住んでいた」という部分については、さまざまな解釈がなされるものと思われます。住民登録を置いていることを住んでいたと見なすのか、住民登録ではなく実際に居住の実態があったことを優先するのかは、明確に基準が固まってはいないようです。
現状では「実際に居住の実態があった」ことを権利行使の基準にするものと思われます。
現状での理解になりますが、「老人ホームなどに入所していた場合」や「不和による別居状態」であった場合には、配偶者居住権を行使するのは少々困難なように思えます。
また、配偶者の解釈として「事実婚のパートナー」は配偶者としてみなされるのか、これも明確な根拠がない状態です。
例えば、税法上は事実婚のパートナーを配偶者として控除を受けることはできないとされていますが、一方で社会保険では事実婚のパートナーもその状態を証明することができれば、配偶者として扶養に入れることができます。
4月以降、どのような解釈がなされるのか、私たち行政書士も注目しているところです。
あと、配偶者居住権は第三者に譲り渡すことや売却することはできません。
権利を有する配偶者が亡くなれば、その権利も消滅する「一子相伝」の権利であることは覚えておいてください。配偶者居住権は、あくまで配偶者にだけ認められた特別な権利なのです。
3 配偶者居住権のメリット
配偶者居住権のメリットを活かせるケースを考えてみましょう。
妻や子どもが円満に話し合いをして、相続で工夫ができれば、次のようなパターンが成立します。
まず、1億円の建物と2千万円の現金が残されていると仮定します。
相続できるのは配偶者である妻と長男の2名。
妻は個人と一緒に1億円の建物に住んでいましたが、長男は別に住宅を設けています。
このとき、1億円の住宅に配偶者居住権を設定した場合には、配偶者居住権分として5,000万円、負担付き所有権分も同様に5,000万円、それぞれの評価を分けることが可能です。
この場合、配偶者居住権分5,000万円を妻が、負担付き所有権5,000万円を長男が相続する形にします。
ちなみに、配偶者居住権は「その建物に住むことができる権利」であって、その建物を所有できる権利ではありません。
逆に、負担付き所有権は、その建物を所有できる権利にはなりますが、その建物に住む権利ではありません。
何もかも2分の1で分けて相続する、その際に権利関係をうまく整理して相続すると、それぞれの立場で実情に即した相続が可能です。
今回の場合であれば、現金2,000万円についても分割相続することになり、故人の妻は住み続けることのできる建物と、老後の生活費として使える現金の両方を相続することになります。
もし、配偶者居住権がない場合には、相続の事情が変わってきます。
故人の妻がその建物に住み続けられるように所有権を保とうとすれば、1億円の住宅を相続して、息子に4,000万円を支払ってはじめて相続が完了します。
相続の基本は「すべての財産」を法定相続で定められた割合で分割することです。今回の場合は故人の妻と長男とで2分の1ずつ財産を分割して相続することになります。
つまり、このケースであれば建物1億円+現金2,000万円=総財産1億2,000万円と考えて、2分の1である6千万円を相続することになります。
故人の妻が1億円の建物すべてを相続した場合、4,000万円もらいすぎていますから、現金で長男にもらいすぎの部分を支払ってはじめて相続が完了します。
建物は手に入りますが、老後の資金となる現金が全く手に入らないので、故人の妻にとっては厳しい生活を強いられることが一目瞭然です。
このような状態になることを防ぐ意味で、今回の新制度が生まれたと考えていただいても結構かと存じます。
4 遺言で配偶者居住権を明記しておくこと
スムーズに配偶者居住権を手に入れるためには、故人が遺言で配偶者居住権を譲り渡すことを明記しておくことです。
また、遺言書にその内容が書かれていない場合は、遺産分割協議の結果、相続人の相違をもってこれを決める必要があります。
また、配偶者居住権を行使するときは「善良な管理者の注意」を払う義務を負います。
住む権利を持っているとはいっても、建物の所有権は別の人なのですから、少なくとも「人の家に住まわせてもらう」ことは理解しておく必要があります。
配偶者居住権を持っていると、建物の所有権が第三者に譲渡されてしまった場合でも、配偶者居住権が登記されていれば、居住権の方が法的に上回ります。
あくまで、登記をしておくことが条件になりますが、相続の際に一緒に登記を済ませておけば、そんなに煩雑なことではありません。
実際、仲の良い親子ばかりではありません。遺産をめぐって争いがおこる場合もありますし、行政書士としてそのような修羅場は何度となく拝見してきました。
そういう修羅場が起きないためにも、あらかじめ生きていくために必要な権利を確保するという意味で、今回の新程度はもっと評価されていいと思います。
5 まとめ
配偶者居住権は、夫に先立たれたことをきっかけにその妻が住み慣れた家を追い出されるケースが発生したことから、国が重い腰を上げて対策を講じた成果の1つです。
夫が先立たれたうえに、家まで出ていくように迫られてしまうと、高齢の女性には辛いものですが、今回の新制度で設けられた配偶者居住権を取得することで、安心して愛着のある家に住み続けることができます。
また、あくまで住み続ける権利だけを担保する方向で法律を整理したことで、子どもの世代が建物を所有することを保証したことも注目に値します。
昨今では老夫婦が亡くなって生じた空き家の管理が問題になっていますが、今回の新制度であれば建物の所有権を子どもたちの世代に移しやすくなっており、結果として管理がなされない空き家の増加を抑制する効果をもたらすものと思われます。
今後、ますます高齢化社会が進んでいくことは事実ですから、さまざまな世代が負担なく、財産や住居の憂いなく生活できる環境づくりこそ、これからの社会に必要不可欠ではないでしょうか。