2020-02-02
「遺言信託」と「遺言による信託」は違うの?|わかりやすくメリット・デメリット解説
この記事の目次
相続に関する言葉には、類似する名称ではあるものの、法律的な意味が異なるものもしばしばあります。
私が実際に関連業務にあたっている際、相続に関する言葉で最も誤解を招くのが「信託」に関することでした。
信託には「遺言信託」と「遺言による信託」と言う言葉があり、どちらも同じように思えますが、実はその内容はかなり異なります。
今回は、相続関係の中でも最も似通っているこの2つの言葉の意味と、実際の効果などをご紹介させていただきます。
1 遺言による信託とは?
遺言による信託とは、遺言により自分の持っている財産を誰かにゆだねる意味であり、分かりやすく言えば「信じて託す」方法のことです。
例えば、父が遺言による信託として、妻のために財産を譲り渡せるよう、息子に自身の財産を託し管理を任せる方法があります。このケースの場合、妻を「受益者」、息子を「受託者」と呼びます。
また、弁護士や司法書士、行政書士などを「信託管理人」として、公正な第三者の立場で信託を監視するポジションに置くことも可能です。
「遺言による信託」の目的はさまざまありますが、基本的には自分の亡き後でも財政的に支えてあげたい人に対して必要な手当てができるようにしておく意味合いがあります。
具体的なケースを2つほどご紹介しましょう。
〇親が亡くなった後の子どもに手当てをする場合
親が亡くなった後、その子どもが障害などで働くことができなかったり、自身でさまざまな判断が困難である状態の時に遺言による信託を行う場合があります。
この場合、子どもの成年後見人や未成年後見人を受託者、子どもを受益者として、定期的に子どもに金銭の給付を行えるようにする仕組みを作ることができます。
〇認知症の妻に財産を残す場合
自身が亡くなっても妻が残されるというケースは多いですが、その妻が認知症になっていて、財産を相続してもその管理ができない状態に陥っていることもしばしばみられます。
この場合、遺言による信託として、妻を受益者、子どもを受託者として遺言により信託する場合があります。
こうすることで、自身の遺産のうち、妻に相続させた財産を子どもが管理しつつ、必要な財政的支援を行わせることができます。
2 遺言による信託のメリット
もし、遺言による信託をしていないと、障害のある子や認知症の妻など、財産を管理する能力のない方に相続財産が相続されてしまいます。
そうなると、その相続財産を近親者に濫用されるおそれがあり、それが被相続人が望まない遺産の使われ方がされる危険性が生じるのです。
遺産相続は、どんなに仲の良い家族や親族であってももめる一因となることがあり、相続後の財産管理をめぐって紛争が起きることもしばしばあります。
遺言による信託を行った場合、受益者や信託管理人は受任者に対して行為の差し止めや立場からの解任の請求ができます。
そもそも遺言による委託は、裁判所の関与は一切ありません。
「信託法」と言う法律に基づき、関係者が相互に信託を締結して有効になるものであり、その信託契約書の中で行為の差し止めや立場からの解任を行うことになります。
弁護士や司法書士、それに行政書士は信託法に基づく手続きを代行し、契約書の作成や関係者の間に立って協議に関わることになります。
3 遺言信託とは?
もう一方の「遺言信託」とは、法律に基づいている名称や行為なのではなく、信託銀行が行う遺言の作成と執行に関するサービス名を差します。
遺言信託は信託銀行や一部の都市銀行が行うことが多いのですが、一般的には信託銀行が取り扱う案件とされています。
法律的に義務となっている行為ではなく、あくまで「遺言を作成して財産の相続やその後の運用の取り決めをする」ことに対して、信託銀行側がルール作りや必要な手続きのサポートを行うことを意味します。
財産が多い場合や、株式・不動産・現金など財産が多岐にわたる場合、管理も整理も独力では大変ですから、
生前に遺言信託のサービスを利用して準備をしておくと遺産相続でもめる危険性を回避することにもつながります。
4 遺言信託の流れ
遺言信託を行うには、まず当事者が信託銀行に相談するところから始まります。
この時、前もって財産を誰にどのように継がせたいや、どれだけの財産がどのように管理されているか財産目録などを作成して整理しておきます。
相談を受けて、信託銀行は最適な遺産分割の方法と遺言書の文案を提案します。
提案内容に当事者が合意すれば、公証人のもと「公正証書遺言」を作成します。
公証人役場に出向いて、遺言書の内容を公証人に承認してもらうのですが、公正証書遺言の作成には証人2名が必要です。
この時、信託銀行の職員が証人を引き受けるケースも最近では多くなっています。
親族に現在の財産事情を明かしたくない場合や、遺言の内容によって不利益を受ける相続人からの不条理な要求が起きる可能性もあるためです。
最近では、遺言信託を行っていることそのものを明かさない相談者も多くなっています。
公正証書遺言を作成すると、原本、正本、謄本の3種類の書面を作成します。
このうち原本は公証役場で保管してもらい、正本は信託銀行が厳重に保管します。
最後の謄本は遺言者が持ち帰り、手元において保管します。
公正証書遺言を作成したのち、記載内容に変更が必要な場合は、再び信託銀行に相談し必要な場合は変更の手続きを行いますが、場合によっては公正証書遺言そのものを作り直すこともあります。
もし遺言者が亡くなれば、近親者などが信託銀行に連絡して遺言の執行に入ります。
信託銀行は遺言執行者として遺言書の内容を実現するために各種手続きを行い、
相続人・受遺者に遺産を分配します。場合によっては、預かっていた公正証書遺言の正本を相続人に渡して以降の対応を一任する場合もあります。
公正証書遺言を残していたことを、家族や親族に知らせていない人も最近では増えていますが、遺品として確実に見つかるように机の中に入れておくなど、何らかの事前準備は必要になります。
信託銀行では、相談者が亡くなったことがリアルタイムに把握できるわけではありませんから、定期的に通知等を出して公正証書遺言の内容変更等の問い合わせを行っています。
実際、私が関わったケースでも信託銀行からの問い合わせで初めて公正証書遺言の存在が明らかになり、すでに私が相談に応じていた遺産相続の話し合いが振出しに戻ったこともあるぐらいです。
5 遺言信託のメリット・デメリット
遺言信託のメリットには、遺言書を作成するときにアドバイスが受けられることや、遺言の執行を代行してもらえることがあります。
遺言状は、その作成方法や文面に注意を払わないと、故人の意向が反映されないこともあります。ですので、信託銀行の職員の専門的な知識を活用して、作成を代行してもらうのは安心できます。
また、信託銀行側で相続の手続きを代行してもらえる点もメリットといえます。
相続の手続きと言っても、預貯金の名義変更や不動産の相続登記、相続税の申告などその手続きは多岐にわたりますから、かなりの労力が必要です。
でも、これらの手続きを専門家に任せることで、より確実に遺言に基づく相続を実行できますし、残された遺族も手続きの繁忙さから解放されるので、そのメリットはかなり大きいでしょう。
一方、遺言信託のデメリットとしては、手数料が高額であることや、財産に関するもの以外の遺言は執行できないことなどがあります。
信託銀行もビジネスなので、遺言信託にかかわるサービスは当然有料で提供しています。
遺言委託のサービスを契約するときや、遺言を執行するときなどに手数料が必要なのは常識であり、
残された財産の金額や手続きの件数などによっては、手数料だけでも100万円を超える請求が来る場合もあります。
加えて、財産・相続に関する事項以外は対応できないことも注意すべきです。
例えば葬儀の方法や納骨の方法などは、財産の管理とは全く関係がないものなので、信託銀行に依頼して遺言を作成する際にも対象外とされます。
その他、未成年後見人の指定など法律的に権限を与える行為なども信託銀行では一切関与しません。
「お金に関することしか面倒を見てもらえない」と覚えておいてくだされば、わかりやすいかと思います。
また、相続人たちの間で法的な紛争が起きている場合や、それらが起こることが予想される場合は、信託銀行は遺言執行者になることができません。
法的な紛争は、もちろん弁護士が解決に当たる業務ですから、信託銀行の業務外であるため手出しをしないのです。
トラブルになりそうな案件の遺言信託を行う場合は、トラブルになりそうな法律行為をすべて解決しておくことを優先することをお勧めします。
6 まとめ
現実を見ると、遺言信託と同様の業務は弁護士や司法書士、それに行政書士などでも行っていることです。
ですが、相談相手となっていたこれらの専門家が死去したり廃業したりすれば、遺言信託の実行が不透明になります。
遺言ゆえに、自身が亡くなった後に確実に実行されることを担保するには、企業として遺言信託を請け負う信託銀行に任せておけば、
信託銀行そのものが経営破たんしない限りは遺言信託の実行は忠実に担保されます。
多額の手数料は求められるものの、個人で行うには非常に手間のかかる遺言の作成やその実行までを担保してくれる遺言信託は、これからの時代もっと利用者が増えてくるのかもしれません。
もちろん、遺言による信託も法律上認められた手続きではあります。
実際、信託銀行に相談する場合よりも、葬儀や納骨など多岐にわたる行為について遺言として作成し、適任と思われる人と信託契約を結ぶことで没後の意向が反映できる仕組みとして有効です。
まず、自身が没後に何を優先するか、それをまず考えながら、財産の適切な配分なども十分考慮しながら素案を作ることから始めましょう。
その素案を実現可能にするために、どちらの方法を選ぶのがよいかを考えると、答えは出やすいかもしれません。